大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成5年(行ツ)31号 判決

愛知県幡豆郡吉良町大字吉田字八ツ田一八番地

上告人

吉田マグネット産業株式会社

右代表者代表取締役

牧権六

右訴訟代理人弁護士

染野義信

同弁理士

新垣盛克

静岡県湖西市鷲津一〇六三番地の四

被上告人

株式会社親和製作所

右代表者代表取締役

山口茂夫

右当事者間の東京高等裁判所平成二年(行ケ)第一二二号審決取消請求事件について、同裁判所が平成四年一〇月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人染野義信、同新垣盛克の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づき若しくは原判決を正解しないでこれを論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 尾崎行信 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫)

(平成五年(行ツ)第三一号 上告人 吉田マグネット産業株式会社)

上告代理人染野義信、同新垣盛克の上告理由

第一点 原判決には、民事訴訟法第一四〇条第一項により生じた同法第二五七条の拘束に反して事実を認定し、同法第一八五条による弁論の全趣旨の標準を誤り、主文の判断に及んだ違法がある。

すなわち、原判決は、弁論主義の下においては当事者の主張立証をのみ証拠資料となすべきところ、上告人の主張立証に対して被上告人の明らかに争わない事実と一致しない事実を認定し、民事訴訟法第二五七条の拘束に反する認定事実に実用新案法第三条第二項を適用して主文の判断に及んだ点において違法である。

一、原判決においてした事実認定は次のとおりである。

(1) 審決において引用された第一引用例(甲第三号証)の中に、本件実用新案の油圧モーターによる回転刃の回転による海苔を刈り取る考案に如何なる示唆または教示があったのか否か、もし示唆・教示があったとして、この示唆を受けて拾い出された第二引用例(甲第四号証)の中に海苔刈取機に転用できる特定の作用効果を有する油圧モーターが教示されていたかについての上告人の主張を判断することなく、抽象的に水車式及び油圧モーターの記載があるから、本件実用新案は実用新案法第三条第二項により登録を受けることの出来ない考案であったとしたこと。

(2) 甲第四号証に示す第二引用例は水生植物の刈取り用の水生植物刈取機の発明であり、油圧モーターを用いるもので、水生植物を水とともに吸引しカッターが裁断するものであるから、本件考案の海苔刈取機と技術分野を同一にし、技術的課題を同一にするものであるとしたこと。

(3) 第一引用例記載の考案の回転刃の駆動手段を第二引用例の発明の油圧モーターとすることにより、当然に本件実用新案の奏する作用効果が生じ、この効果は、第一引用例の考案と第二引用例の発明とから来る当然に予測しうる程度のものと言えるとしたこと。

(4) 第二引用例には、水生植物刈取り用カッターの駆動に油圧モーターを用いる旨の記載があるとしたこと。第一引用例における水車も油圧モーター同様の流体電動機であることから、これらは同一の技術分野に属し、第一引用例の考案との相違点である回転カッターの駆動手段について第二引用例には本件実用新案と同じ油圧モーターが開示されており、油圧モーターも水車も流体駆動装置として技術的に近似した装置であるから、当業者が第一引用例記載の水車の考案から、これに代えて第二引用例記載の油圧モーターを用いることに想到することはきわめて容易であるとしたことに理由不備の違法は無いとしたこと。

二、特許庁のした審決取消の訴えについても、一般の行政訴訟の原則である弁論主義の支配をうけ、仮に裁判所が職権による証拠調べをする必要が生じたときは、行政事件訴訟法第二四条の規定によって取調べをしなければならない。そうした手続きに基づかない限り、裁判所は主張・立証のみを訴訟資料.証拠資料として判決をしなければならない。ある主張事実について相手方が明らかに争わない限り、この事実については自白が成立したものとみなされるから、裁判所はその自白のあった事実の内容に取捨選択を加え、結果において自白した事実と一致しない事実を認定し、これによって判決に至ることは、弁論主義を無視しあたかも職権主義によって裁判をしたのと同一結果となり、民事訴訟法第一八五条の弁論の全趣旨の標準を誤ったものであるから違法であって許されない。原判決にはこの点の違法がある。

原審において上告人が第一引用例につき準備書面において主張し、そのとおりに口頭弁論において陳述し、被上告人において明らかに争わない事実は次の点である。

(1) 第一引用例の考案の詳細な説明に記載された事実、特に吸引装置と羽根体とを結合した構造、便宜上これを水車式と呼ぶが、これは登録実用新案出願時、わが国の海苔採取機の生産において極めて唯一の技術的思想であり、このことは第一引用例の記載によっても明らかである。すなわち、旧来の公知の吸引ポンプに結合した羽根体のものは、海水の吸込み構造を必須不可欠の構成要件とするから、さまざまな欠陥を有していた。第一引用例の明細書には、考案の詳細な説明の項で、まず、従来の海苔つみ機は第一図に示すように・・・・と構造を説明し、その欠点として回転刃の高速回転につれて遠心力が作用し、うず巻きとなって採取した海苔葉片の一部が振り飛ばされ、チリとなって飛散し吸残しを生ずることを挙げていて、この考案はこのような従来の欠点を完全に解消することを目的としたとの点である。この技術的思想に深く立脚する第一引用例には、水車の利用思想を自己否定する他の技術を示唆.暗示.教示する記述は全く存在しない、とした事実である。

(2) 上告人が甲第四号証として第二引用例およびその訳文を提出し、その内容どおりの陳述をしたのに対し、それを被上告人においても明らかに争っていない。この甲第四号証に示す事実中、発明の名称を水生植物の機械的除去とし、その技術的背景につき同号証第一葉下段から第四葉上段まで詳細に記載し、アメリカの深刻な水生植物被害が説明され、その機械的排除のため、その植物の「根」そのものを引き抜き、細断する機械の発明の出現につき詳細に述べている。つまり、この発明は植物刈取機ではなく、水生植物の除去機であること。このために海苔刈取における如き根を残す技術的思想は全く排除されている。このことを示すものとしての甲第四号証中右の記載は被上告人の明らかに争わない事実である。

(3) 右甲第四号証に示す第二引用例中、図面に一か所、説明文章中三か所に「fluid motor」の文言がある。上告人は甲第五号証を提出し、この文言は作用効果についての説明一切を欠く機械用語として全くの無意味語で具体的な何ものをも意味しないとして甲第五号証を提出した。この甲第五号証の内容事実につき被上告人は明らかに争うことなく、また、反証も提出していない。

三、以上、被上告人において明らかに争わない各事実がある以上は、弁論主義の下において裁判所はこれに基づいて裁判をしなければならず、実用新案法第三条第二項の適用による判断を左右するものであるところ、原判決はあたかも職権主義による審理の如く、第一引用例についてはその技術的課題・教示するところを判断することなく、第二引用例についても被上告人の争わない技術的課題・目的を詳述した訴訟資料証拠資料に勝手な取捨選択を加えて、ある部分を捨て一部分のみを拾い出して、第一引用例の水車は油圧モーターと同一の流体原動機であること、その油圧モーターは第二引用例の水生植物刈取機に用いられているから、この両者から本件実用新案は自明になし得たものであるとして前述(1)(2)(3)(4)の如く認定し、この事実に実用新案法第三条第二項を適用したものであって、違法であり破毀を免れない。

第二点 原判決には、民事訴訟法第一九一条第一項第三号に定める理由において、右判決に影響を及ぼすべき重大なる事項についての理由の不備・判断の遺脱(同法第四二〇条第一項第九号)の違法がある。

一、本件実用新案が、海苔刈取機の属する分野における通常の知識を有する者が、第一引用例に記載された水車式海苔刈取機の考案につき詳述された考案の詳細な説明および図面から、きわめて容易に考案し得たか否かは、先ず、海苔刈取機の技術分野に属する者に対し、この第一引用例の記載内容そのものから、これを唯一の事実として、その事実の中に水車式の改良を求める技術的思想のみが開示されているのか、あるいは水車式の技術的思想の廃棄と転換が教示され示唆されているか否かの認定が不可欠となる。即ち、第一引用例が業界の専門技術者にとっての先行技術を示す唯一の事実である以上、専門技術者による改良・開発は、第一引用例中の教示・示唆のみに左右されることはいうまでもない。この場合の唯一の証拠となるものが第一引用例中の考案の詳細な説明の記載であるから、この中に水車式の改良への記述しかない以上この唯一の証拠をもって自己否定ともなる油圧モーター式回転カッターをきわめて容易に想到するに至る、という判断はなし得ない。しかるに原判決はこの第一引用例をみる業界の専門技術者がきわめて容易に水車式回転技術を捨てて、例えば油圧モーターの導入などに着想するに至ることはきわめて困難だと認定すべき証拠の部分、すなわち第一引用例中、詳細な説明に関わる部分で被上告人において明らかに争わない事実に関する部分についての判断をしていないのであるから、判決の結論に至る重大な違法として破毀を免れない。

二、原判決は第一引用例の水車に代えて第二引用例の油圧モーターとすることは当業者にとってきわめて容易であるとしたのであるが、この第二引用例が特殊な産業分野における特殊な機械の発明であることの唯一の証拠である第二引用例中の記載事実は被上告人において明らかに争わないものであることは前述のとおり(第一点二(2))である。しかし、原判決は、第二引用例が如何なる特殊分野の発明であり、わが国の海苔刈取機の専門技術者にも無縁の分野であることについて判断を遺脱し、また、「fluid motor」なる意味不明の文言についての唯一の証拠に基づく上告人の主張に判断を加えず、他に被上告人からの証拠もないのにこれは流体を意味し、流体は液体を意味し、それならばこれは水車による駆動装置と認定できるところ、唐突に液体は油圧モーターを意味すると判断したのであるから、原判決は第二引用例の認定を誤り甲第五号証に対する判断を示さず、他に証拠がないのに勝手な判断をしたことに帰し、その判断に理由不備・判断遺脱があり、違法たるを免れない。

三、特に原判決は、第二引用例について、上告人が水生植物の刈取用カッターの駆動につき油圧モーターが記載されている、との審決の判断は違法と主張したのに対して、理由三(三)において繰り返し「刈取り」であると判断し、(四)において第二引用例には「水中植物の刈取用カッター」の駆動に油圧モーターを用いるのであるから水車も油圧モーターも同じ駆動手段であるとの判断をもって審決に違法はないとした。これらの判断は、全く産業分野の異なる前述の第二引用例を誤認し、その「根こそぎ引抜く」という閉鎖的技術についての内容の判断の遺脱に基づくものであり、第二引用例に示す技術の内容、それ自体が掲げた技術的課題、他の先行技術との関連性の断絶などを全く無視した判断であって、理由不備による違法としてこの点からも原判決は破毀を免れない。

第三点 原判決には、その主文に至る理由において本件考案の属する技術分野における通常の知識を有する者の技術常識など、その判断根拠を具体的に明示すべきであるとする最高裁判所の判例(昭和五四年(行ツ)第一三四号、昭和五九年三月一三日)に反する違法がある。

第一引用例に記載された考案が従来の水車式カッターを用いる海苔刈取機の改良のみを技術的課題としたものであることは、この点についての唯一の証拠であり、被上告人において明らかに争わない第一引用例中、考案の詳細な説明によって明らかである。また、この第一引用例には水車式の改良を目指すことのみを技術的課題としていたことも被上告人の明らかに争わないところである。したがって、海苔刈取機の属する技術の分野の平均的専門家は、この従来技術の開示と方向づけの中で第一引用例からの教示を受けるに相違なく、これを否定する証拠はない。即ち前記第一引用例という唯一の証拠によって証明されるところである。

これに対して第二引用例は全く異質の産業分野に属する。即ちアメリカにおける湖沼等の中に繁茂した水生植物の退治を目指すもので、この水生植物を「根こそぎ」引き抜き、再び根づかないように切り刻んでしまうことを目的としたものであることは被上告人においても明らかに争わないところである(前述第一点二(2))。この中に三ケ所「fluid motor」の語が用いられていても、弁論に表われた訴訟資料・証拠資料によってみる限り、前述のとおり第一引用例には、海苔刈取機の産業分野から遠い距離にある第二引用例と関連づける如何なる示唆もなければその有しているとすべき作用効果については何らの教示もないのであるから、甲第六号証に示す零細な特定の海苔刈取機の生産技術者が、きわめて容易に第一引用例の内容に変更を考え、その変更の内容をとりわけ作用効果の点で一切記述の無い「fluid motor」の文字の記載という遠い距離の証拠である第二引用例に求めることは困難であり、両事実を関係づけるべき他に具体的事実が存在しないにも拘わらず、相互に関係の無い技術的分野に属する第一引用例と第二引用例という遠い距離の証拠のみから、本件実用新案がきわめて容易になし得るものとした判断は、前記判例に反する。

第四点 原判決は、実用新案法第三条第二項の適用を誤り、本件実用新案が「きわめて」容易になし得たとした審決は違法とする争点に対する判断を遺脱した違法がある。

およそ第一引用例と第二引用例という被上告人において争わない異なった技術分野の事実につき、この中から原判決認定の如く個別の記述を取捨選択し、これらを結合させることは、きわめて容易であるとする判決の理由をもってするとき、この原判決の論理をもってするならば、特許法第二九条第二項の判断と実用新案法第三条第二項の判断に区別がないことになる。後者はその文言どおり「きわめて」であり、「極端に容易に」、「極度にたやすく」考案できることを意味し、思いつき程度の変化によって考案の進歩性の成立を認めるのが実用新案法第三条第二項の趣旨と解する。原判決は右の趣旨から法の解釈を誤り、判断に遺脱があるものとして破毀を免れない。

以上

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